サステナビリティトップメッセージ

技術革新を加速し、多様なパートナーとともに愛せる未来を創造する  株式会社ダイセル 代表取締役社長 小河義美

循環型社会構築と持続的なダイセルグループの成長の両立を目指し、サプライチェーンによる価値共創を加速していきます。

はじめに

昨年はグループ企業の製品において第三者認証に関する不適切行為が明らかになり、お客様をはじめ関係者の皆様には多大なるご迷惑とご心配をおかけしました。ダイセルグループを代表して心よりお詫び申し上げます。社外有識者による徹底的な調査とそれに基づく再発防止に向けた提言を真摯に受け止め、組織改革などの再発防止策を実行しています。社員一人ひとりが「企業人の前に良き社会人たれ」との認識を再確認し、行動指針・倫理規範の刷新を行いました。さらに、安全・品質・コンプライアンスが会社の最重要基盤であることをグループの隅々にまで浸透させるために、過去の事故や品質不具合に関する事例・通達を取りまとめ、この新しい行動指針・倫理規範と共に、全役職員がこれを携行しています。今回の事象も含め、私たちが反省し、学んだことを風化させないことが何よりも大切であると考えています。引き続き、皆様のご指導、ご鞭撻を賜りますよう心よりお願い申し上げます。

ダイセルの経営理念

当社は、1919年に大日本セルロイド株式会社として、セルロイドメーカー8社が合併して誕生しました。第一次世界大戦による特需でセルロイドメーカーが増加し、可塑剤原料である樟脳の主要産地の台湾でクスノキの乱伐を招いたり、過当競争による粗製乱造をきたす業者が生じたりしていました。これを憂慮した初代社長の森田茂吉は、計画的な伐採による資源保護や、品質安定による国際競争力向上を説き、財閥を超えた合併を実現しました。また、素材メーカーとしてユーザーである加工業者の育成にも力を入れ、製品の安定供給を通じてサプライチェーン全体の共存共栄による産業発展に注力しました。その後のセルロイドの難燃化や国産写真フイルムの量産化は、製品の機能化・川下化によるバリューチェーンの構築であり、企業は社会に貢献するためにあるという考えの下、「人々の生活を豊かにするという思い」「他社との共存共栄の精神」を持ち続けてきたことは、現在の経営理念にも表れている、ダイセルの誇りです。
また、ここで言う共存共栄の範囲は会社だけでなく、初代社長の思想にある通り、地球環境や自然との共存も含めていることが当社の特徴です。当社の化学品原材料の購入割合を見ると、20%は原油起源ですが、一番多いのはメタノールというC1ケミストリー、いわゆる脱石油の原料です。次いで量の多いものは、酢酸セルロースの原料である木材由来のパルプなどで、原材料がバイオマスに最も近い会社なのです。このようなルーツを持つ当社だからこそ、長期ビジョンで掲げた「バイオマスバリューチェーン構想」やカーボンニュートラル(ネガティブ)を実現し、化学の力でエコロジーとエコノミーを両立させながら循環型社会構築を目指すことは、当然の成り行きだと思っています。

エコロジーとエコノミーを両立

エコロジーとは本来、生態学という意味です。転じて自然と調和するとは、まず、ムダをなくすことから始まります。循環型社会の構築やカーボンネガティブの実現には確かに技術的な課題が多くありますが、エコロジーとエコノミーは本来両立するものであり、そうできないのはエコロジーに無理なプロセスがあるからだと私は考えます。現在の大量生産・大量消費社会から、本当に必要な量だけを生産し消費する社会になれば、エコロジーとエコノミーはその過程で多少相反しても、最終ゴールでは両立していきます。そうでなければ、本当の意味でサステナブルな製品は作れません。容易ではなくても、エコロジーとエコノミーとを両立させるために、エコロジーにある課題を解決していくことを、「企業の成長の機会」にしていくべきです。日本企業はこれまで公害や環境問題を、改善やイノベーションのチャンスに変えて強くなってきました。カーボンニュートラルや資源循環など、持続可能な社会を実現するためには、産業構造やエネルギーの使い方を変えていくことが必要です。その動きを加速させるために技術革新を進めることが企業の使命だと考えています。

成長機会となる技術革新の実現に向けて

エコロジーとエコノミーを両立させるための技術革新の一例として、ダイセルでは自らの強みを武器に「バイオマスバリューチェーン(以下、BVC)構想」「マイクロ流体デバイス」の実現に着手しています。
BVC構想では、日本の国土の約7割を占める森林を再生可能なバイオマス資源として、穏和な条件で計画的に活用できる技術を確立し、持続可能な循環型の産業構造を作りたいと考えています。もちろん木材を原料とする酢酸セルロースだけで、石油系プラスチックの代替になるとは考えていません。木材に限らず、バイオマス素材を使いこなす技術やそのデータを広くパートナーと共有するオープンな姿勢が欠かせません。この技術が広まれば、地方創生への貢献にもつながります。高度な技術確立は我々企業が行い、そのノウハウを用いて地域に応じたバイオマスを資源とし、個人や家庭、地域単位で、一人ひとりがモノづくりの楽しさを享受できる、ライフスタイルがどんどん変わるような未来が創られるかもしれません。BVC構想では、高度な技術を確立し付加価値を高めて利益を追求する側面と、非営利的に広くノウハウを提供する2つの側面で取り組みを進めていきます。

「マイクロ流体デバイス」は、化学産業のモノづくりを大きく変える可能性を持つ技術です。化学工場では製造工程で目的物以外の不純物が発生するため、純度を上げるために精製工程で大きなエネルギーを必要とします。理想的な反応で目的物だけを作ることができれば、約80%のエネルギーを使う精製工程がいらなくなります。当社が、台湾の国立清華大学などと共同開発したマイクロ流体デバイスは、微細な流路を張り巡らせたガラスのプレート上で複数の化学操作を行い、理想的な反応を実現する超小型化学プラントです。2024年度には、半導体の回路形成に使うフォトレジストポリマーの製造へ実装を予定しています。まずは多品種少量生産品への適用から始め、大量生産品へと範囲を拡大していきたいと考えています。

他社との共創基盤は、DXとオープンマインド

エコロジーとエコノミーの両立は、一社だけでの実現は困難です。たとえ自社の同じ工場内であっても、前工程から後工程のサプライチェーンがつながっていなければ、物質収支(マテリアルバランス)も取れず、相互の工程は無関係になってしまいます。一方で、会社が違ったとしても、互いにサプライチェーンがつながり、チェーン全体の最適運転が可能になれば、大幅なムダやロスの削減ができ、エコロジーとエコノミーが両立できるようになります。このような会社単位での最適の先にある、サプライチェーン全体での最適解を求めていく鍵となるのが、DXとオープンマインドです。
エネルギーロスをなくし、必要なものを製造しながらカーボンニュートラルを実現するには、リアルタイムでエネルギーの必要量を可視化できるDXが不可欠です。その手段として、ダイセルには2000年に確立した「ダイセル式生産革新」、そしてAIを活用し進化させた「自律型生産システム」があります。これまでの日本で企業連合がうまくいかなかった原因の一つは、データリソースやアーキテクチャを統一してこなかったことにあります。ダイセル式生産革新手法の展開により、サプライチェーンでつながる企業の情報を一元化することで、データのリソースを合わせた状態でのミエル化が可能になります。「バーチャルカンパニー」はサプライチェーンを仮想的な一つの会社と捉え、製品の調達、生産、販売といった機能や設備を保有しているとみなす考え方で、これらを最適化する管理・経営を行うことで、サプライチェーン全体での最適化、エコロジーとエコノミーの両立が見えてくると思います。
研究開発の分野でも、オープンマインドで取り組むことで、お互いの真のニーズやそれに応える技術が理解でき、開発期間を大幅に短縮できることがあります。その場合の特許の扱いも、最初は最低限の使用料で使ってもらい、その結果メリットが出れば応分に配分するといった考え方もあると思っています。
共創には、事業提携や合併など様々な形がありますが、緩やかな統治体があってもいいのではないでしょうか。その仕組みを考えるために今は自由にディスカッションする時期だと考えています。オープンイノベーションの第一歩は、オープンマインドから始まります。

これまでの中期戦略の振り返り

足元を振り返ると、2022年度は、半導体不足などによる自動車生産回復の遅れや電子デバイス需要低下の影響を受けたものの、為替の追い風もあり、当初の中期戦略で掲げた売上目標を達成しました。実力によるものか、追い風によるものかを見極め、次のアクションを決めていきます。
現在の戦略では、アセットをフル活用して投資回収を最大効率化するためにオペレーションを3つに分けています。第一にダイセル自体の組織をマーケットイン、つまりお客様のニーズに応えるために既存事業の構造転換を進め、組織を変えてきました。同時に、ポートフォリオマネジメントに沿って事業撤退や拠点閉鎖、事業売却も急ピッチで進めてきました。第二に長年、合弁関係であったパートナーとの関係を抜本的に見直し、2020年にはポリプラスチックス株式会社を完全子会社化しました。中期戦略前半でやるべきことはほぼできており、2023年度は、第三のバーチャルカンパニーにトライしていく年になります。

中期戦略アップデートに込めた思いと、後半戦の課題

様々な社会情勢の影響を受け、経営環境は激変しました。環境の変化に合わせ、絶えず戦略のアップデートが必要と考え、取り組みの進捗状況を確認し、2023年5月に中期戦略をアップデートしました。世の中のスピードに合わせるために急速にアクセルを踏んで走り続けてきたので、この見直しはグループ内にとっても一度立ち止まり、一人ひとりが考える機会となりました。
中期戦略期間の後半の課題の一つは、大型設備投資案件である酢酸原料(一酸化炭素)プラントを確実に稼働させることです。ロシアのウクライナ侵攻の影響により、当該プラントで使用予定だった産地の石炭が調達できず、運転計画を見直しました。この見直しは、ただ単に異なる炭種にプラントを対応させるだけでなく、使用可能な炭種を増やすことにも取り組み、今後の原料調達や生産の安定性を高めることを目的にしており、フレキシブルに対応することで、ピンチをチャンスに変えることができたと考えています。
もう一つは新規事業やM&Aの可能性を見極めることです。新規事業は、もう少し確度を上げていかなければなりませんが、手応えを感じています。ファインセルロースによるレアメタルなどを回収する金属吸着技術の可能性も見極めてきました。またナノダイヤモンドは、化学修飾することで無機や有機にまたがる特性を発現する物質です。当社の爆轟技術を応用し、共同研究により大量に合成できる手法を開発し、CO₂の還元触媒としての技術開発とともに、今後は生命科学分野での展開なども視野に入れています。また、新しいプロセス技術や素材の組み合わせにより、2050年のカーボンニュートラル、さらにはカーボンネガティブまでの道筋が見えてきました。

人財は最も重要な経営資源

中期戦略の後半戦こそ、当社グループの実力が真に問われると思います。様々な打ち手を実行し、持続可能な社会の実現と会社の成長を支える人財は、最も重要な経営資源です。当社では、多様な社員が存在感と達成感を味わいながら成長する「人間中心の経営」を進めています。その一つが権限委譲と抜擢人事です。自律型生産システムの開発では、30代の若手社員に10年先を見据えた生産システムを考えてもらいました。責任感を持って東京大学との共同研究に取り組み、「君に任せる」と言った私に対して、定期的な報告をしながらも主体的にプロジェクトを進め、素晴らしい成果を上げてくれました。このとき、任せることや成果を称賛することの大切さを改めて認識しました。
私は学生時代、自分の力を試すために自転車で米国横断をしました。様々な出会いがあり、私の挑戦を英雄視してくれる人もいましたが、週末になると教会でボランティア活動をしている地元の人たちの姿を見て、日々の地道な生活の中で義務を果たしている人たちこそ偉大なんだと痛感しました。企業においてもそれは同じで、地道に義務を果たした人が権利も行使できるという当たり前のことを継続することが、一番大事だと考えています。2022年度には労働組合と協議し人事制度の改革を行いました。社員の挑戦を応援し仕事の過程や成果に対して評価を行う、やれば報われる報酬制度と複線型人事制度を導入しました。社員にも義務と権利があり、人生の中で会社人生が占める割合は3分の1あるとすると、仕事や職種の選択肢が複数あり、その中から自分がどのように生きたいか、働きたいかを、主体的に選択する方が、充実した時間になるはずです。その強い思いから、複線型人事制度を含め、人事制度全体を見直しました。また、報酬制度においては、リーダー職(管理職)を対象とし、社員一人ひとりが経営者目線を持ち、中長期的に成果を意識し仕事ができる制度として、譲渡制限付株式報酬制度も開始しています。これは報酬を増やすという意味のほかに、第二の人生のための資金という意味もあります。人間中心の経営には、雇用を守ることはもちろんですが、従業員が選択肢を増やせるようなキャパシティのある会社であることが必要だと考えています。

さらなる収益力向上と成長

成長を加速させ、企業価値を高めていくためには経営指標の改善が必要だと考えています。特に、現状のROICはまだまだ低いと思っています。先行して設備投資を行っており、投下資本は増加傾向にありますが、必ず回収し利益を獲得するという意志の下で、基盤事業の収益力向上と成長分野の拡販により増収増益を維持し、EBITDAのさらなる増加、そして2026年度にはROIC10%達成を目指していきます。また、株主還元についても、総還元性向40%以上をベースにさらなる向上を図っていきます。
まだまだ化学プラントは重厚長大ですが、今後マイクロ流体デバイスの実装が進んでいくことで投資の回収期間が短くなります。これが実現すれば、当社のような素材産業も組み立て産業と同じように投資回収期間を短くすることが可能になります。さらにエコロジーとエコノミーの両立にもつながります。環境にやさしいことは、経済的な資本効率性の向上にもつながることをぜひ見ていただきたいと思います。
2030年度の目標に売上高1兆円を掲げていますが、私は数兆円規模の共同企業体を目指しています。ダイセルの企業価値を高める中でサプライチェーンの共存共栄を促進し、価値共創により人々の幸せを追求し、愛せる未来を創造していきます。

代表取締役社長
小河 義美