生産革新の道筋

生産性向上のTPM活動

 1970年代に起きたオイルショックの影響による危機を乗り越えるため、工場を中心に絶えずコストダウンを基本とする施策を実施してきていましたが、設備の老朽化が進むなどの問題が生じていました。
 そこで日本プラントメンテナンス協会(JIPM)が開発したプログラムであるTPM(Total Productive Maintenance) に着目し、1985年3月から本格的に取り組み、設備管理のあり方や品質保全、プロセス保全・設備初期管理体系・教育、研修システムの構築など、多くのことを学ぶとともに、工場運営体制の一体化を推進しました。各工場では、TPM 活動の成果が顕著な事業場に与えられる「PM 優秀事業場賞」受賞を目指して鋭意、活動に取り組み、1988年10月の播磨工場を皮切りに他事業場も順次受賞し、1990年3月をもって活動をいったん終結しました。その後、バブル経済が崩壊し低迷の時期を迎えましたが、TPM活動を完了させていたことによって、それが困難な時期を乗り越える基盤となり、後の生産革新につながりました。

網干工場の世代交代問題

 生産性のさらなる向上を目指して、1980年代にはアナログ計装からデジタル計装への転換を行い、TPM活動に取り組むとともに、工室の統合なども逐次実施しましたが、1989年12月末に策定した第一次長期計画に掲げていた「2倍の生産性」を実現するには、従来の延長線上の取り組みでは限界がありました。

 例えば、ある製造設備ではオペレータ一人あたり十数台のモニター画面を監視する中で、さまざまな異常変調に対し、過去の経験を通して熟練オペレータが身につけた高度な技能に頼るところが大きく、半ば属人化しており、技能を、新人・中堅オペレータにいかに承継していくかが重要な課題となっていました。
 とくに網干工場は、酢酸セルロース、たばこフィルター用アセテート・トウといった国際競争力が求められる成熟した製品を製造する工場であり、年齢構成からみて熟練オペレータの世代交代に最も早く直面することから、モノづくりに対する基盤強化の必要性に迫られていました。

※第一次長期計画
創立70周年記念も兼ねて、1989年12月末に策定した10年スパンの経営計画で、それまでは中期計画と予算によって経営計画を進めていましたが、長期計画をベースに据えることにしました。長期計画はグループ全社が強力な企業集団として成長するにあたって、会社経営の基本的な考えや10年後に実現を目指すグループの全体像を、到達可能な範囲でイメージするとともに、具体的な目標を定めたものです。

「網干工場機能別センター化推進プロジェクト」発足

 1994年、網干工場において若手社員が集まって自主勉強会を開始、その中で「2倍の生産性」を達成するため、将来の網干工場の姿として機能別センター化構想が提案されました。
 従来の製品別の個別運営から、製造業本来の目的に立ち返り、機能別、つまりモノをつくる機能、モノを売る機能、技術をブラッシュアップする機能の3つに再編して、工場運営の仕方から変えたいという提案で、それに則り11月に「網干工場機能別センター化推進プロジェクト」を発足させました。
 このプロジェクトにおいて、1996年7月に基本計画書を完成し、あるべき姿へのマイルストーンが明確になり、まず最初に取り組んだのは3S(整理、整頓、清掃) で、工場内の除草・塗装など当たり前と思っていたことから着手しました。さらに、異常変調対応だけでなく、トラブルを未然に防止するために実施しているオペレータの負荷作業を潜在化不具合として抽出し、それらすべてを合わせたオペレータ負荷の低減に着手しました。このオペレータ負荷を共通のモノサシとし、この低減度合いを生産革新の取組みのステップアップの評価指標としました。
 また、オペレータ負荷低減の実施に先立ち、用語・言語の全工場統一(P&IDなど)に取り組みました。これは生産部門と設備管理部門、両部門のコミュニケーションをスムーズにするだけでなく、図面を活用し、原理原則で議論する風土を養うために重要なことでありました。

ダイセル方式の誕生

 網干工場におけるこのプロジェクトは、所期の目的である基本計画を策定する役割を果たし、具体的実現化ステップに移行するため、1997年3月、プロジェクト名を次世代型化学工場構築プロジェクト(マスコット名:R21プロジェクト)に変更しました。基本計画には、工場の機能別運営の実現にとどまらず、生産システム、情報システムに加え、人・仕組みまでを革新することを盛り込み、21 世紀に向けて、従来の延長線上にはないまったく新しいアプローチによる生産革新の取組みを通して、究極の生産性を追求する“次世代型化学工場”の構築を目指しました。ここに「ダイセル方式」が誕生し、成長することになりました。

製造技術の集大成

次世代型化学工場は、新たな仕組みでモノづくりを行う工場であり、そのため「人・仕組みの革新、生産システムの革新、情報システムの革新」の3つの革新により、全体最適なモノづくりを行う工場を築き、大幅な生産性向上を目指しました。これらを実現するため独自手法を開発、その代表的なものとして総合オペラビリティスタディ手法があり、これは定常運転時のオペレータの意思決定プロセスを安全、安定、品質、コストの要素ごとに監視―判断―操作の流れで網羅的に顕在化する方法で、これにより、網干工場全体で800万以上のオペレーションのケーススタディが顕在化できました。
 化学プラントは、整理すると数十の単位機能を持った機器(蒸留塔、ポンプ、熱交換器など)で構成され、標準的な機器についてチェックリストを設け、設備や運転、品質など原理原則の観点から現状の製造設備を評価し、総合オペラビリティスタディの結果を検証したことで、従来属人的であったオペレーションを技術まで昇華させ、知的財産化するに至りました。

網干工場の統合生産センターと知的統合生産システム

 これら生産革新の取り組みの集大成が「知的統合生産システム」であり、それを具現化したものが2000年3月に網干工場内に完成した統合生産センター(Integrated Production Center:IPC)でした。IPC は工場全体最適運転の実現と、共通の運転文化のもとで最大限の生産性を引き出すために、モノづくりの機能を最高度に集約したオペレーションセンターで、1995年に建設計画を構想し、長年にわたる基盤整備や安定化・標準化の実績を着実に積み重ねた末に誕生したものでありました。

 知的統合生産システムは、最新のIT 技術と総合オペラビリティスタディを通じて構築した製造技術の融合、DCS(分散型制御システム)の高度な活用、運転支援システムの構築などによって、化学プラントの運転に関する技術・技能やノウハウ、ノウホワイを集約するとともに、必要に応じて制御系と情報系のデータをリンケージさせ、ひとつの画面から運転に必要なすべての情報が見えるシングルウインドウオペレーションシステムです。
 これによって誰もが熟練オペレータの技術を活用することで、大規模で安定した統合オペレーションを実現したほか、全体状況の把握や意思決定のスピードアップ、全体最適な運転を実現しました。

 IPC は2000年6月から、まず網干工場のセルロースエリアから統合運転を開始し、2001年6月に有機合成エリアに、2005年6月にエネルギーエリアへと段階的に統合エリアを広げました。

3倍の生産性と要員の6割削減

 網干工場は設備の安定化や運転の標準化、システム化によって、生産革新以前に比べて生産性が約3倍に改善されたほか、要員も740名から290名体制へと60%もの劇的な省人化を実現しました。また、エネルギーロスの大幅な削減も達成し、環境保全面の改善においても大きく貢献しました。また、知的統合生産システムの完成により、生産の安定性、品質の安定性が飛躍的に向上することになりました。
 知的統合生産システムに関する技術的評価は極めて高く、2003年に化学工学会技術賞を受賞したほか、平成19年度情報化促進貢献により、経済産業大臣から「IT 投資効率化促進部門」表彰を受賞、また、2007年から経済産業省主導のもと、産官学が共同となり当社の生産革新手法を対象とした生産革新研究会が発足し、この中で初めて「ダイセル式生産革新手法(ダイセル方式)」が命名されました。
 知的統合生産システムの稼働後、多くの企業が網干工場見学に頻繁に訪れるようになり、とくに運転標準化手法の「総合オペラビリティスタディ手法」が関心を集めました。同手法の指導に関する要望が増加したため、初期の段階から同システムの構築に参画してきた横河電機との間に、知的生産支援コンサルティング事業における協業契約を2005年に締結しました。この横河電機とのソリューション事業は2009年に発展的に解消し、日本能率協会に運営を移行し、横河電機はシステム販売に特化しています。

網干工場見学者数累計グラフ

生産革新プロジェクトの全社展開

 網干工場で始まったR21プロジェクトは、その後、全社展開を図るために「生産革新プロジェクト」として発足し、2005年から2006年には知的統合生産システムを網干工場に続いて、大竹工場、新井工場でも順次完成しました。

 2008年度以降も、工業化(研究開発・製品化との連動)展開として生産革新プロジェクトを推進し、2017年3月には、これまで独立した事業所であった「総合研究所」と「姫路技術本社」を、新たな技術拠点、イノベーション・パーク(iPark)として集約し、新製品の開発から量産・事業化を、それぞれの機能をもった部門が一体になって取り組むコンカレントエンジニアリングで、新事業の創出や育成のさらなるスピードアップを目指しています。

全社横断的な生産革新の展開

全体最適化に向けた生産革新のさらなる進化

 また、全体最適化では、網干-大竹の両サイト間でのエネルギー最適化に取り組んでいます。網干-大竹両工場をバーチャルファクトリー化し、最適な生産計画により両工場のエネルギープラントを運転最適化制御するものです。