サステナビリティトップメッセージ
はじめに
2025年5月に、当社・網干工場にて従業員の一人が亡くなるという事案が発生しました。衷心より、亡くなった従業員のご冥福をお祈りし、ご遺族の方への深い哀悼の意をささげるとともに、ご心配をおかけした皆様に心よりお詫び申し上げます。人命は何よりも最優先であり、このような事態はあってはならないことです。会社としてご遺族に寄り添い最大限のサポートを行っていくことはもちろん、関係官庁等の現場検証、原因調査に全面的に協力し、一刻も早く原因を究明し、企業としての責任を果たしていきます。事業活動の最重要基盤として「安全・品質・コンプライアンス」を掲げる企業として、改めてこれらの徹底を全従業員で認識し、絶対にこのような事案を発生させないという強固な意志を再確認し企業活動を進めてまいります。
社長就任にあたっての想い
私は2025年4月、前社長の小河からバトンを引き継ぎ、代表取締役社長に就任しました。
近年、地球規模の環境問題や自然災害、新型感染症の世界的な蔓延、国家間紛争、そしてAIをはじめとする加速度的に進歩するテクノロジーの台頭など、私たちを取り巻く環境は急激に変化しています。このような時代にダイセルグループが持続的に成長を続けるには、これまで以上に変化に対応する能力を付けていく必要があります。
私は専務執行役員の時代に、当時の社長やプロジェクトメンバーと議論を重ね、2030年度をゴールとする第4次長期ビジョン『DAICEL VISION 4.0』を策定しました。そこで掲げた「持続可能な社会とダイセルグループの成長を両立させ、循環型社会の構築に貢献する」という姿は、化学メーカーとしての志であり矜持です。それはまた、基本理念の「価値共創によって人々を幸せにする会社」を具現化するための道筋を示すものです。
長期ビジョンに基づく中期戦略『Accelerate 2025』では、選択と集中による事業構造の変革、生産性や資産効率・資本効率の向上に注力するとともに、多様なパートナーとの連携による「価値共創」の拡充を進めてきました。中期戦略の最終年度を経て長期ビジョン実現の後半戦に差し掛かるタイミングでの社長就任となりますが、私の使命は、これまでに行った成長投資の着実な刈り取り、ダイセルグループの次世代の収益の柱となる事業の育成、そして種をまき育ててきた革新技術の社会実装・事業化だと認識しています。そして、これらを2030年までに貢献収益として伸長させ、2030年度以降へのさらなる成長へとつなげていけることをしっかり明示していきます。当社グループの全役職員が一丸となってこれらの達成に向け努力していくとともに、さらなる将来のビジョンを議論し実現していく次世代の経営候補となる人財の育成にも注力していきます。
ビジネスパーソンとしての私の原点
私は1984年、当時、中堅の化学メーカーだったダイセルに入社し、有機化学品を扱う現在のマテリアル事業部門の営業職に配属され、社会人の一歩を踏み出しました。工場でのモノづくり研修では、有機合成における反応制御の難しさも知らない中で、製造現場の先輩に遠慮なく議論を吹っ掛け、「生意気なヤツ」と言われながらも先輩たちは対等に接してくださいました。半年の研修を終えて本社に戻る際、先輩方が私の成長を評価し、笑顔で送り出してくれたことは、今でも忘れられません。
転機となったのは、32歳で設立間もないシンガポールの現地法人に社長兼営業担当として派遣され、濃密な5年半を過ごしたことです。着任時は資金繰りもままならない状況で、連日、経理担当と改善策を練り奔走していました。その間のシンガポールは高度経済成長の只中にあり、私はそのバブル期と、間もなくしてタイから始まったアジア通貨危機による大幅な景気低迷という両極端な状況を経験しました。売上拡大を図る中で需要減による受注キャンセル、与信問題、投資見合わせなど企業活動にも大きなマイナス影響がありました。しかし、その後はアジア諸国の経済が成長基調に戻ったことに加え、それまでの活動が実を結び、現地法人としての売上は大きく伸びました。これらの経験は、「リスク対応の重要性」や「海外企業のスピードの違い」について再認識する大きな機会となりました。また社内においては人財育成やチームマネジメントについても悩みながら試行錯誤を繰り返す日々を送りましたが、成功体験はもちろん、それ以上に失敗した経験から多くを学びました。2025年度、新入社員に向けた挨拶でも、「失敗しなければ得られない成長がある。失敗を自分なりの成長のきっかけにしてほしい」という話をしました。自分の社会人生活を振り返ってみても、上手くいったことよりも、ピンチをくぐりぬけたことや失敗経験の方が、そして、そのたびに多くの人に助けられ乗り越えてきたことが、深く記憶に残っています。仕事における達成感も得ながら、今なお親交が続いている多くの人々と関係を築くことができ、私の会社人生で大きな転機となりました。こうした経験がビジネスパーソンとしての基盤をつくり、その後もマネジメントを遂行する上での糧となっています。

原料購買時代のオーストラリアでの石炭の炭鉱視察や、シンガポール駐在時代
ありたい姿とダイセルグループの強み
私たちが目指すゴールは、もちろん基本理念である「価値共創によって人々を幸せにする会社」、長期ビジョンで掲げる「循環型社会への貢献」の実現です。そのために数ある社会課題の中から今後もニーズが高まり、当社グループの強みを活かせる「健康」「安全・安心」「便利・快適」「環境」の領域で、ダイセルならではの価値を提供するという方針は変わりません。
ただ、これらを遂行していくには、当社グループがどのような環境変化に見舞われても、持続的に成長できる強靭な企業体質であることが不可欠です。そこで現中期戦略では、収益力と事業創造力を向上し続けるために「ポートフォリオマネジメントによる事業の選択と集中」「資産の圧縮とコストダウンによる経営の効率化」という全社戦略の下、各事業領域においては研究開発や生産の体制を見直し、コーポレート組織の構造や人事制度の改革を行うことで、働き方の変革を加速させてきました。
ダイセルグループには他社が真似できない大きな強みがあります。
まず、多様な用途を持つ酢酸を生産する国内唯一のメーカーであり、酢酸を起点とする強固なアセチルチェーンを構築し、国内外でトップシェアを誇る製品を提供しています。特に、酢酸セルロースは長年蓄積した技術をベースに、アセテート・トウ、液晶ディスプレイの偏光板保護フィルム、衣料用繊維などに幅広く展開するとともに、昨今では環境対応樹脂として需要の伸びが期待できます。また、高分子化学でも自動車の軽量化・電装化や電子デバイスの高度化などに不可欠なエンジニアリングプラスチックを供給し、グローバルな存在感を放っています。一方で、特徴ある火工品技術を駆使した自動車エアバッグ用インフレータ、電流遮断器、医療投与デバイスなど幅広く事業展開を行っています。
さらに、工場の運転支援システム「ダイセル式生産革新」を開発し、化学プラント運転の安定性や安全、生産性の飛躍的な向上やコストダウンをもたらし、2020年度にはAIを用いて進化させた「自律型生産システム」を開発して各工場への実装を進めています。これらダイセルのモノづくりを自社単体のみならずサプライチェーン全体の価値向上に貢献できるように取り組みを進めており、まずはアセチルチェーンにおいて、当社の網干工場、大竹工場、本年4月より完全子会社化した富山フィルタートウ株式会社でオペレーション最適化を行い、原料のメタノール、パルプなどの川上からアセテート・トウなどの川下といったチェーン全体での最適運用を図ることで、グループの枠を超えて価値共創の範囲を拡大していきます。
また、大学やパートナー企業と共に、ダイセルらしい循環型社会構築へのアプローチとして革新的な技術開発を進めているのも、当社グループの特徴です。太陽光だけで半永久的にCO2をCOに還元し原料化するナノダイヤモンドによる「太陽光超還元®」や、従来の大規模・エネルギー多消費型の化学プラントを省エネルギーなデスクトップサイズで再現する「マイクロ流体デバイスプラント」、さらには木材を穏和に溶かす技術を応用し、日本の森林を再生可能資源として循環させる「バイオマスバリューチェーン構想」など、実現までの時間軸はそれぞれ異なるものの、それら技術確立と出口戦略を具現化し社会実装を図っていきます。
医療やエレクトロニクス、自動車、生活用品など様々な領域で事業を展開しながら、画期的な技術革新を狙うダイセルグループは、社外の方からすると、“一見分かりづらい化学会社”かもしれません。しかし私は、この特色ある事業と技術革新力を持つ会社だからこそ、総合化学メーカーとも一線を画すような、可能性に富んだ面白い化学メーカーという独自のポジションを確保し、さらにはエコロジーとエコノミーを両立させながら成長していくことができると考えています。そのためには、足元の収益基盤となるマテリアル事業と、成長を牽引するエンジニアリングプラスチック事業、セイフティ事業でトップラインを伸長させながら、次世代育成事業であるメディカル・ヘルスケア事業、スマート事業を育成し、これら5つの事業を大きな収益の柱にすること、そして注力領域の一つである「環境」分野において社会に貢献する事業なり製品群を増やしていく必要があります。そこには決して当社1社では成り立たないものもあり、協業、M&Aの要素も必要です。常にオープンマインドであらゆる可能性を追求しながら当社グループの強みを磨き上げ、全従業員と共に、高いポテンシャルと唯一無二の特色を備えた、強靭さと成長性に満ちた企業として存続していく。これが私の考える、ダイセルグループのありたい姿です。変化が激しく、先行きが不透明な環境下だからこそ、私たちダイセルグループ自身もドラスティックな変革を恐れず、ありたい姿に向けて前進していきます。
2024年度の振り返りと2025年度の見通し
足元の状況に目を向けると、2024年度の世界経済は中国の成長鈍化やウクライナ・中東情勢、物価上昇などの影響もありましたが、当社グループの主要市場は需要回復に支えられ、自動車関連や電子関連の製品については、販売機会を着実に捉えて数量を伸ばしました。
その結果、ほぼ全ての事業分野で販売が伸び、売上高は5,865億円(前年度比5.1%増)と5期連続の増収と、過去最高水準となるEBITDA1,024億円(前年度比6.5%増)を達成しました。しかしながら、酢酸原料となる一酸化炭素(CO)プラントの操業トラブル影響などにより、営業利益は610億円(前年度比2.2%減)となりました。COプラントのトラブルについては、2024年度に設備の改良工事やメンテナンスの強化を行い、2025年度の定期修繕にて恒久的な対策を実施しました。今後は安定的な稼働を維持し、原料となる石炭の使用可能な品種の拡大による原料調達の安定化や、長期的な油炭差によるコストメリットを着実に実現していきます。
2025年度の業績予想は、トランプ関税、中国経済、中東情勢など不透明な状況ではありますが、成長投資を行ってきたエンジニアリングプラスチックの増産効果等による販売数量増での増収に加え、アセテート・トウのフル生産、フル販売を継続していきます。営業利益は、COプラントトラブルが解消するものの、減価償却費や一時的な定期修繕費用の増加、為替の影響などにより減益の見通しですが、2024年度の事業構造改革等の特別損失の減少や政策保有株式の売却継続などにより、最終利益の増益、EPSの増加を見込んでいます。また、EBITDAはやや減少する見込みですが、引き続き1,000億円に近いレベルを維持する見通しです。確実な成長を掴んでいくために、今後も事業ポートフォリオを意識し「選択と集中」を含めた事業構造改革を継続するとともに、主要製品の製法転換による比例費低減、在庫コストの大幅な削減など、短・中期的なコストダウンの取り組みを早期に完遂し、メリハリを付けた経営を実践していきます。
事業ポートフォリオを意識した成長戦略
当社株式のPERの低さに表れているように、株式市場に限らず、外部から見た当社グループへの成長期待が弱い、成長戦略をご理解いただける形でお伝えしきれていない、という点は経営者として大きな課題だと認識しています。実際にこの5年間は増益基調ではあったものの、中期戦略策定時に描いた将来像と比べると、新たな収益の柱となる事業が伸び悩み、一部製品に偏った収益構造になっています。前述の通り、これからのダイセルグループの成長戦略は、成長投資の着実な刈り取りによってトップラインを押し上げ、そこで創出したキャッシュを用いて次世代の収益の柱となる事業を育成し、成長を牽引する事業を増やしていくことです。このようなオーガニックな成長に加え、共創を通じて革新技術を社会実装していくことで、企業価値をさらにワンステージ上げていきたいと考えています。成長戦略の詳細は、ダイセルレポート2025の中期戦略や事業戦略にてお伝えしていきますが、基本的な考え方は以下の図の通りです。

現在、中期戦略『Accelerate 2025』の成果と課題を分析すると同時に、2026~2030年度までのロードマップとなる次期中期戦略を策定しています。そこで特に重視している課題が、次世代育成事業と位置付けている、ライフサイエンスやヘルスケア分野に素材・ソリューションを提供する「メディカル・ヘルスケア事業」とエレクトロニクス市場に製品を提供する「スマート事業」の規模拡大と利益水準の向上です。両事業とも世界トップシェアの製品を擁し、事業化が有望なテーマもいくつか抱えており、適正なリソース配分とスピードアップによって事業拡大に取り組みます。もう一つ、重視する課題として研究開発テーマの出口戦略の明確化があります。短期・中期・長期のテーマに合わせたリソース配分を行い、収益への早期貢献を目指していきます。

成長戦略を実行する人・組織
企業経営において最も重要な資本は人財です。ダイセルグループの事業活動は、1万人超の人財によって支えられています。私は、世界中の様々な考え方を持つ従業員一人ひとりが、互いを尊重し協調しながら個々の強みを発揮すること、そしてあるべき姿を実現して達成感を得ることがダイセルの原動力であり、人の成長こそが会社の成長であると考えています。重要なのは、従業員自身がどのような会社でありたいか、どのような職場でありたいかを考え、それぞれの現場で日々努力を積み重ねていくことであり、その上で、会社としては継続的な社内環境の改善に尽力してきました。具体的には、コーポレート部門を中心に人事制度、給与体系、福利厚生、女性活躍、キャリアチャレンジ、若手抜擢、シニア活躍など様々な施策を講じてきました。そして、今後も「人間中心の経営」に基づき、社内環境のレベルアップに注力していきます。
私はこれまで数多くの企業を訪問し、経営トップや従業員の方々とお会いして、その働きぶりに接してきました。その経験から、勢いのある会社には一つの共通項があると思っています。それは、部課長やチームリーダーなどのミドルマネージャー層が、文字通りのリーダーとして現場をまとめあげ、相手が上司や経営層であっても率直に意見を主張していることです。それは見ている側も爽快になるほどの活気です。
私はダイセルグループも、そんな会社を目指したいと思っています。もちろん当社グループのミドルマネージャー層も面白い個性を持った人、高度なスキルを備えた人、卓越した技術・技能を発揮する人など、多様な人財が活躍しています。ただ、もっとその個性を発揮し、爆発力のある組織を目指せる、まだ伸びしろがあると思っています。規律ある企業であるためにトップダウンは重要ですが、それと同じくらいボトムアップの活力がなければ、人や組織は育ちません。双方のバランスを取りながら、組織の活力を最大限に引き出していくため、リーダーの立場に就くまでに幅広い経験を積み、成功と失敗を重ねられる、人が育つ会社でありたいと考えます。その育成スピードを加速させるために、人的資本投資の観点からより適切な人事制度や仕組みといった基盤の整備も進めていきます。
当社では、コンプライアンスを徹底するための重点施策として、誰もが自由闊達に意見を言い合い聞き合える「イエル」「キケル」「ミエル」職場づくりや、報告しづらい事項や発生しそうなトラブルこそ早期にチームへ報告・相談し、迅速かつ適切な対応を講じることでマイナス影響を最小限に留める「バッドニュースファースト&ファスト(Bad News First & Fast)」を進め、個々人が働きやすい環境を通じて現場力を高めようとしています。この活動はコンプライアンスのためだけでなく、個々人が最大限に能力を発揮しながら、組織・チームとしても強力なパワーを生み出すためにも重要な取り組みと位置付けています。これまで以上に風通しが良く活気に満ちた企業風土を醸成すれば、部門・部署を越えた共創が生まれ、ダイセルの未来を変えていく革新的なアイデアやテーマを生み出せるのではないか。次期中期戦略には、こうした構想を具現化するための新たな仕組みを盛り込んでいく方針です。
ステークホルダーの皆様へ
当社グループは株主・投資家をはじめとするステークホルダーの皆様から継続的な成長をご期待いただけるよう、事業規模の拡大とスリムで強靭な財務体質の構築という両面で、事業戦略・財務戦略を進めています。資産効率・資本効率を意識した経営に取り組むことで、企業価値や株主価値を向上させていきます。
私たちはこれからも「価値共創によって人々を幸せにする会社」の志を胸に、自身の企業価値を高めていくとともに、志を同じくするサプライチェーン、大学、研究機関、官庁、同業他社や異分野・異業種との共創範囲を広げ、より大きな価値を社会に提供していきたいと考えています。
今後とも取引先様、株主・投資家様、地域社会の皆様など、様々なステークホルダーの皆様と対話を深めながらご理解とご協力をお願いし、人々の幸せと持続可能な社会の実現に邁進してまいります。