サステナビリティ社外役員対談

社外役員対談 ダイバーシティの加速とスピード感を持った攻めと守りのガバナンス強化を

中期戦略『Accelerate 2025』の最終年度を迎え、2030年度に向けた次期中期戦略を策定する中で、持続可能な社会への貢献と企業成長を両立するために、ダイセルグループに求められるものは?
客観的立場から多様な視点で社外役員2名に、ダイセルグループの課題や解決の道筋について論じていただきました。

それぞれの観点からみた「ダイセル」

岡島:私は航空会社に勤務し、現在は大学で教鞭を執るキャリアの中で、化学メーカーと接する機会はほとんどなく、ダイセルという企業を初めて知ったのはテレビCMだったと思います。先進的で面白いことに挑戦している会社だと思いましたが、内容はよく理解できていませんでした。調べてみると、100年超の老舗企業でありながら、「ダイセル式生産革新」を開発するなど非常にとがった会社というイメージを持ちました。そして社外役員に就任して製造現場なども訪問する中で、誠実な技術者集団ながらオープンマインドで、バーチャルカンパニー構想や様々な外部組織とパートナーシップを展開するなど、合理的でありながら発想が柔軟であり、長期的な視点で未来の社会を見つめることができる企業だと感じています。

北山:私は監査法人に勤めていた時代に、公認会計士として化学業界の会社をいくつか監査をした経験がありますが、当時のダイセルは堅い会社というイメージでした。そして、社外監査役として実状を知るほどに様々な驚きがありました。今でこそ多くの企業がサステナビリティやESGを標榜していますが、ダイセルは早くから循環型社会の構築を通じて自身も成長するという志を掲げて果敢に挑戦しています。また、そういった持続可能な社会への貢献を図りながら、当社グループ自身も一緒に成長させていくという姿は、時代にマッチしていると共感を覚えたものです。
加えて、植物由来のセルロースで化学品をつくるパイオニアであり、森林を石油原料の代替として資源循環させて地域経済を活性化させる「バイオマスバリューチェーン構想」や、巨大プラントを最小化する「マイクロ流体デバイス」など画期的な技術を開発しています。これらを見て、イノベーションを起こすエネルギッシュな会社だと感じています。

中期戦略『Accelerate 2025』の成果と課題

北山:この5年間の最大のポイントは「事業の選択と集中」によって構造改革を進める中で、2020年度にポリプラスチックスの完全子会社化を実現したことでしょう。これによってエンジニアリングプラスチックを中核事業化し、事業規模を拡大しました。さらに、ダイセル式生産革新を進化させた「自律型生産システム」のダイセルグループ内への横展開を行っており、研究開発では有力な技術をタスクフォース化して事業化を加速しています。
一方で、足元では事業環境を見極め、撤退を決断した事業もありました。これらについて、監査役としての観点から、中期目標における仕組みやプロセスを効率化して加速するには、各事業の進捗状況やリスク管理を定期的に、そしてスピード感を持ってモニタリングする機能の強化が課題だと思います。2025年度は、いろいろな課題等を洗い出すことによって、次の中期戦略に結び付けていく重要な1年ですので、社内や取締役会においてもぜひ活発な議論を進めていければと思います。

岡島:中期戦略の前半はコロナ禍の中で、「プロダクトアウト」から「マーケットイン」へ発想を転換し、それを軸に組織改革も行い、北山さんがお話しされたエンジニアリングプラスチック事業の中核事業化をはじめドラスティックな施策が展開されてきました。2030年度が一つの区切りかと思いますが、未来への成長の種は積極的にまいてきていますので、さらなる新規事業の創出と、それらの収益化に向けたアクションの加速が必要だと思います。その収益化を任された榊社長の強いリーダーシップの下で、今後も様々なテーマにチャレンジすると思いますが、改革を実行する上では社員と丁寧に向き合い、皆が一丸となって2030年度のゴールを目指してほしいです。
戦略の他に、私が気になっているのは、役員の間でも関心の高い当社のPER(株価収益率)とPBR(株価純資産倍率)の改善策についてです。相応の収益を上げている割に株式市場で成長性を評価されず、PERは業界平均値の半分ほどしかありません。株主還元やROE等の経営指標を見てももう少し評価されても良いと考えているのですが、それには事業の将来性や成長性を丁寧に分かりやすく訴求することも重要かと思います。

北山:コーポレートサイトには、サプライチェーンの在り方を変えるクロスバリューチェーン、マイクロ流体デバイス実装計画など、産業界に革新を巻き起こす取り組みが多数紹介されています。ただ定性的な話が中心なため、それが近い将来に実現できるのか、業績にどれほどのインパクトを与えるのか、という点が伝わってきません。これらの定量的なメリットも盛り込み、未来への革新的なストーリーとして語ってほしいと思いますし、その伝え方が重要です。
当社は、もともとバイオマスから出発した会社で、長い歴史の中で進化させてきた事業そのものが、ESGやサステナビリティと同質です。自社の成長戦略を進めることによって社会や人々を幸せにするという価値創造ストーリーは、分かりやすいと思います。

岡島:先ほど北山さんもおっしゃっていましたが、まさに企業のサステナビリティの取り組みは、本業と別枠ではなく本業の中で進めていくのが本質です。その意味で、サステナビリティの実現と企業成長の一体化は当然とも言えますが、それをダイセルは事業活動の根幹に据えていることは高く評価できます。SDGsなどの言葉がない時代から、自然環境に関しては先進的に歩んできた化学メーカーですから、環境に配慮した技術開発では業界のリーダーになってほしいです。

機会の提供を意識した女性活躍の加速を

岡島:当社は2023年度に「ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン(DE&I)宣言」を発表しました。誰もが働きやすい企業であることが企業におけるDE&Iの本質であると考えます。そして、これを進める上で最も大切なのはトップの強いコミットメントであると思っています。実際に当社では、これらに関する社員教育も熱心に行われており、その結果、少しずつ女性管理職の割合は増え、男性の育休取得率も上がるなど、その成果が表れ始めています。ただ、今のスピード感では足りないので加速が課題です。実際、当社は男女の賃金格差が小さいことから人財配置の偏りが少ないと推察されます。しかし、均等にチャンスはあるはずなのに女性の管理職比率は十分に上がっておらず、昇進、昇格の段階で何らかの課題があると思われます。無意識の偏見や思い込みを調べるアンコンシャスバイアス調査を実施し、意識改革に向けた成果は見られますが、このような取り組みが企業業績や企業価値向上につながっていることを皆が理解して継続していくことがさらに重要だと思います。また、女性に限らずですが、リーダーの育成には時間がかかります。早めに責任ある立場で課題解決する経験を積みながら成長してもらうことも必要です。

北山:同感です。まさしくエクイティの話では機会が重要で、同業他社では女性取締役・執行役員が誕生していますから、当社も意図的に女性を上位のポジションに就けていくべきでしょう。昇進することで自身が見える世界も変わり、実現できることも広がります。私から見ても適任と思われる女性が何人もいるので、ぜひ早期に女性の部門長や本部長、さらには役員候補の誕生を実現してほしいです。

岡島役職が人をつくる、ですね。経験を積み人間的な成長を待つのが本来の進め方ですが、それでは時間がかかり過ぎます。よりスピード感を意識した大胆な人財の抜擢と挑戦的な取り組みには、大きな価値があると考えます。
一方で、女性側のやる気はどうなのか、という課題もあります。近年、男女を問わず管理職になりたくないという若い世代が増えているようですが、ダイバーシティを考えるとき、あえて女性用のロールモデルを持ち出す必要はありません。こんな管理職になりたいと思える手本を提示することに、男女の区別はないと思います。

北山:職場環境が改善され、柔軟な働き方が浸透する中で、ロールモデルは女性である必要はないというのはその通りです。男女を問わず自身が管理職として活躍する中で成功体験を積み重ねていけば、さらに大きなチャレンジをしたくなる。そう考える人がどんどん出てくる、活発な会社であってほしいですね。

メリハリのある攻めと守りのガバナンスの強化を

岡島:取締役会においては、インプットもしっかりあり、透明性のある議論がされていると感じています。ただ、投資案件や提案については社内の人間だけで進行中の案件に歯止めをかけるのは難しい場合もあると思っています。社内だけでプロジェクトを進めていると、誰かが異を唱えたくとも強い力に吸収されてしまいがちです。取締役会では、だからこそ早い段階で外部の客観的な意見を聞くことが必要という発言もありました。また、トラブルや計画の遅延については、それがなぜ起こったのか、背景や本質に関する議論はよくなされていますが、さらに踏み込んだ議論として、これまで順調に進んでいたものに異変が起き、同じことが繰り返された場合には、その要因として企業文化や風土に変化が生じている可能性はないのかと考える必要があります。そうした性質のものこそ、社内だけで気付くことは難しいため、やはりガバナンスを利かせることで、いかに早く気付きに変えて芽を摘むことができるかが重要な点ではないかと思います。またトラブルが生じたときに現場は一生懸命にやっている場合がほとんどであり、現場への負担がなかったかなどの多角的な視点で課題分析していく必要もあると思っています。ガバナンスの在り方として、そうしたことも意識すべきです。

北山:当社は投資案件や新規事業について、社内では既定路線で話が進んできたとしても、取締役会において活発に議論を行い、もう一度見直しましょう、となることがあります。そういった点では、立ち止まって考えることができる会社だと評価できます。ただ、新規事業については、始める際に生産技術やコストダウンの説明を受けますが、それよりもプロジェクトの担当部署とSBU(戦略的事業単位)が一体となって、将来の市場環境の変化も想定した投資回収計画を組み入れて検討しているのかといえば、不十分ではないかと思うこともあります。ですから定期的なモニタリングとともに、不調であれば取締役会でも挽回策を早期に検討し、厳格な撤退基準に基づいて、損失が膨らむ前に決断する。そうした体制の整備こそが守りのガバナンスです。ただし、守りだけでは成長できませんから、革新的な技術開発や投資案件に対して、どこまでリスクヘッジされているかを見極めた上で取締役会として推していく。まさにメリハリのある「攻めと守りのガバナンスの強化」が不可欠だと思います。

役員報酬におけるROICとの連動について

岡島:役員報酬については、当社は従来業績連動の指標として売上高と営業利益を使用していましたが、2025年度から営業利益の部分を国際的な評価指標であるEBITDAに変え、ROICも追加しています。株式市場で同様の機運があり、社外役員からも適切な指標を検討すべきとの声もあり、役員人事・報酬委員会で決定しました。ROICは企業価値と経営の健全性に直結する指標とされ、当社も重視している指標なので、これを役員報酬と連動させることは、中期戦略を実現していく上で妥当と評価しています。ただ、EBITDAは短中期の視点での収益性を示すのに対し、ROICは中長期での資本効率を見ます。そのため短期で改善しにくい面があり、算出方法もやや複雑ですから、まずは社内理解をしっかり進め、ステークホルダーにも分かりやすく丁寧に説明することが重要です。

北山:ROICは、本当は事業ごとにWACC(加重平均資本コスト)と比較して、スプレッド(値幅・差額)がどれぐらいかを見る必要があるので、次のステップとして全社ROICから事業別ROICの管理を深化させ、事業ポートフォリオの見直しや業績評価へシフトすることが肝要です。そして、いずれは個人の目標設定とも連動させた報酬体系やESGの観点から環境評価や社員の満足度調査なども指標に組み入れた仕組みをつくっていきたいですね。

社外役員として協働し健全な経営をサポート

岡島:私は社外役員として広い視野で経営を俯瞰すると同時に、現場目線、つまり虫眼鏡的な視点で見ていくことが重要であり、その点において企業勤務の経験を活かせると思っています。そして、ダイバーシティの取り組みでは、まずは最大のマイノリティと言われる女性の活躍推進に積極的に取り組みます。「人間中心の経営」を掲げる当社は、人や現場があってこその企業であり、DXやAIがどれだけ進んでも、そこが原点であり基点です。今後も社員の方々と交流や対話を重ねながら、誰もが能力を最大限に発揮できる環境づくりをお手伝いしていきたいです。

北山:私は会計士として、持続的な成長と企業価値の向上のために、資本コストや資本収益性(ROICなど)、株価を意識した経営ができているか、事業ポートフォリオや経営資源の配分が適切かなどを注視していきます。例えばM&Aならば会計処理だけでなく、M&Aによって事業をどういう形にしていくのか、その事業計画やのれんの評価、買収後の管理体制などを監督します。幸いに常勤監査役からも現場のヒヤリングに誘っていただくので、積極的に現場に出向いてコミュニケーションをとり、収集した情報を社外取締役とも共有していきます。取締役会や社外役員の会議を通して、今後も取締役と監査役が一体となって健全な経営に向けた監督・助言を行っていきます。