サステナビリティ社外役員対談

社外役員対談 中期目標達成に必要なのはインパクトとスピード感

ダイセルは、長期ビジョン、中期戦略の下、社会課題の解決と企業成長の両立を目指しています。
異なるバックグラウンドを持つ二人の社外役員が、企業価値向上のためにダイセルグループに必要な考え方や課題について語り合いました。

  • 画像:幕田 英雄

    幕田 英雄

    社外監査役
    銀座中央法律事務所弁護士

  • 画像:小松 百合弥

    小松 百合弥

    社外取締役
    役員人事・報酬委員会委員
    IAパートナーズ株式会社取締役

それぞれの立場から見た「ダイセル」

小松:私は証券会社や機関投資家を経験してきましたが、そのときからダイセルには好印象を持っていました。2022年6月の就任後、内側からダイセルを知っていくにつれて、自社だけでなく、パートナーも巻き込んだ価値共創の考え方を持ち、循環型社会構築への貢献と自社の成長とを着実にリンクさせ、かつ、それを中期戦略に落とし込み、取り組んでいる点が素晴らしいと感じています。

幕田:私は2020年6月に社外監査役に就任しましたが、同年4月の組織改編でプロダクトアウトからマーケットイン型の事業体制へ変革され、ダイセルのビジネスが見えやすくなったと感じています。就任前は川上の素材メーカーで、地道に真面目にモノづくりに向き合う技術者集団というイメージでしたが、実際には機能性食品素材やスマートフォンの液晶保護フィルムなど消費者に近い製品も扱っています。今は、素材の枠にとらわれず新規事業に挑戦し、殻を破ろうとしている技術者集団、という印象に変わりました。

小松:経営陣の姿勢という点では、基本理念の「価値共創」という言葉にも現れていますが、ありがちな自前主義ではなく、オープンにパートナーシップを組み、主導権にこだわらないという点もユニークです。ダイセルの経営陣は、「一緒にやった方が速い」「コストを加味すれば買収でなく提携で十分効果が見込める」など、判断が合理的で柔軟性がありますし、新しいことや変化を取り入れることに苦手意識がないように感じます。

長期ビジョンへの評価と期待、それを実行するダイセルの「人財」

小松:長期ビジョン・中期戦略については、サステナビリティの考えと自社の成長戦略をリンクさせている素晴らしさは前述の通りですが、特に感銘を受けたのがバイオマスバリューチェーン構想です。日本は国土の7割が森林ですので、この構想が実現して収益性を担保した形で循環していけば、日本の地形自体が国際的な競争優位性になります。さらに、森林が変わることで地域経済の活性化といった日本が抱える大きな課題の解決にもつながります。循環を繰り返すことで森林はますます活性化し、この競争優位性は持続します。単発的な町おこしではなく、継続的に地域経済を活性化でき、日本の地方創生にも効果的な解決策になり得るという意味で、画期的な構想だと思います。

幕田:抽象度の高い長期ビジョン・中期戦略ですから、過去に培った強みを活かしながら、これらを具体的にビジネスに落とし込んでいくことが重要です。私はダイセル式生産革新がダイセルの強みの一つだと思っています。実績もあり、最近ではAIを活用した自律型生産システムも確立しました。モノづくりの効率化、標準化を追求し続け、作り上げた仕組みを基盤として事業展開できるのは大きな武器です。だからこそ、全く新しい生産の在り方に直結するマイクロ流体デバイスへの挑戦にも、大変期待しています。

小松:一見難解な戦略をどうビジネスに落とし込むかは、従業員にどこまでビジョンが浸透し、自分事化されているかにかかっていますよね。昨年、DAICON(ダイセルグループ・ビジネスコンテスト)での従業員の皆さんの発表では、社会貢献的なものから、ダイセルグループのビジネスと直結するものまで様々な提案がありました。もちろん、役員からは実現性や収益貢献に関する指摘もありましたが、主体性や提案力のある従業員が多いことに感動しました。

幕田:取締役会でも、製品の担当者から酢酸セルロースを原料とする海洋生分解プラスチックの説明を受けました。担当者がマイクロプラスチックによる環境破壊問題を解決するためにプライドを持って取り組んでいることがよく伝わってきました。

小松:ナノダイヤモンドの製造設備を見学した際も、担当の方がとても熱心で、新しいことにチャレンジし、社会へ貢献しようと明るく取り組んでいたことを覚えています。ダイセルで開発中の新製品が、適切な期間内に上市され大きなビジネスに育つのはこれからですが、その種が垣間見えるところからも、従業員の皆さんにビジョンが浸透していると言えるのではないでしょうか。

中期戦略実現に向けた課題

小松:アップデート版の中期戦略は、収益改善や財務戦略の見直しなど、戦略に必要な要素は網羅されています。目の付けどころとしても、既存事業の改善のみでトップラインを上げるには限界があるため、新規製品が計画に織り込まれ、今後の説明があり、イメージしやすい点ではIRの観点からも高く評価できます。
一方で、中期戦略期間の中盤を迎え、その実行メニューの難易度が上がっていく中で、山場を遅延なく乗り切れるか、遅延リスクを適切に管理できるかは、大きな課題だと思います。施策達成の難易度が著しく上がる中でも掲げた内容を実行し、経営指標やKPIの達成が見えてくれば、株式市場からの評価も向上します。そのために、何をいつまでにやり切るのか、よりスピーディに実現できないのか、遅延リスクがある場合のボトルネックは何か、などのキャッチボールを取締役会でもっと増やしていただきたいですし、私たちもモニタリングしながら、進捗をプッシュしていきたいと考えています。

幕田:個別製品の説明に加え、実装までの時間軸やそれに至る課題、対応策など全体の進捗を取締役会で報告いただければ、中期戦略実現までの道筋が見えてきますね。真面目な技術者集団だからこそエビデンスを大切にしていますし、製品や技術の完成度を高める努力をしていますが、テクノロジーの進歩をアピールできるようにスピード感を持って進め、自分たちの製品・技術のインパクトを訴求することも必要です。多くの従業員を巻き込んでいくために1つでも2つでも新事業の種を社会実装し、インパクトを生み、それにより従業員自身も進捗を実感するという循環で、中期戦略をやり抜いていけるとよいなと思います。

小松:経営陣の中期戦略実現へのコミットメントに関しては、私はまず、業績連動型賞与の指標にROEを入れるべきではないかと思います。株主は企業のマネジメントクオリティを2つの要素で判断します。1つは実績、もう1つは株主価値、言い換えると企業価値の向上にコミットしているかです。ROEは資産効率だけではなく、長期の成長力を表す指標でもあるので、現行制度では経営陣の企業価値向上へのコミットが足りないと判断される可能性があるのではないでしょうか。また、従業員のコミットメントも大切です。株主や投資家に対してはROE向上が重要になりますが、当社はROICを重要指標としています。従業員の評価にもROIC向上につながるKPIを入れるなど、中期戦略実現に資する評価基準を取り入れてはどうかと思います。

ガバナンスの観点から、大型投資案件を振り返る

小松:ポリプラスチックスの完全子会社化については、当時、投資額に対して株式市場から厳しいご意見をいただいたと聞きましたが、事業会社としては長期的な視点でM&Aを成功させることが最も重要だと思います。

幕田:私も、これは長期的に見てダイセルグループの成長戦略上外せない要素だったと思います。現在の事業環境は、ロシアのウクライナ侵攻や米中対立など地政学的にも不安定さが増していると感じます。もし完全子会社化に踏み切っていなかったら、海外拠点への投資決断が機動的に行えなかった可能性が高いです。結果論になりますが、この投資判断は、ポートフォリオマネジメント上での成長牽引事業を拡大するという意味でも正しかったと考えています。

小松:一方で大型投資案件の課題として、取締役会での進捗報告が不十分だと感じます。買収や大型の投資案件については、定期的にリストでの報告が望ましいです。一般的に、投資もしくは買収決定時の事業計画は、3カ月~半年するとズレが生じるため、個別の対応策の検討が必要です。また、複数の案件が計画と違ってきた場合は、全体の状況を確認した上で資産効率を考え、続行すべきかトータルで判断していきたいです。

安全・品質・コンプライアンスを最重要基盤に据えた経営

幕田:ダイセルグループはものすごく真面目な技術者集団で、自社製品が事故の原因になる、法令に反することは絶対に避けようと、非常に熱心に取り組んでいます。一方、今回の第三者認証に関する不適切行為についての調査を通じて、法令の範囲外については感度が鈍いところがあったように感じました。取締役会でも、会社として事業を継続していくためには、品質・コンプライアンスを意識して、契約事項になっている品質要件など、広い意味で消費者や顧客との約束を守り、社会からの期待にもっと敏感であってほしいと提言しました。今後の再発防止のためにも、幹部だけでなく、従業員も共通してこの意識が持てるように研修などを実施して、過去からの教訓を忘れない仕組みづくりが大切です。

小松:私の懸念点はまさにそのポイントで、マネジメントの危機感や覚悟と、従業員の皆さんの認識にギャップがあるように思いました。取締役会メンバーや取締役会で報告する従業員は危機感を持っていますが、それでも事故や品質問題は繰り返し起きています。コンプライアンス違反をシステムで排除することもできますが、限界があり、最終的には経営層と従業員の皆さんのマインドにかかっていると思います。小河社長もその点を踏まえ、中期戦略のアップデートもそうですが、行動指針・倫理規範を刷新されたのだと思います。

幕田:ダイセルはESGが謳われていない時代から、安全・品質・コンプライアンスをビジネスの最重要基盤としていましたので、ESGに親和的な土壌があります。これには、過去に起きた事故や不祥事を風化させないという思いが根底にあると思います。今回の問題は、社会に対する責任としてはもちろん、自分たちの会社が存続するために、安全・品質・コンプライアンスを意識した行動が不可欠であることを、改めて心に刻んでいただくタイミングになったと思います。

経験や専門知識を活かして成長を支援するために

小松:長い間、資本市場でIR説明を受ける側に立ち、企業を評価してきました。どういうことが株主にとってのアカウンタビリティやマネジメントクオリティになるのかを積極的に提言させていただきたいと思っています。M&AやJV、リストラクチャリングも行っていますので、適切なコメントや提案をして成長を支援したいです。
もう一つ、積極的に推進したいのがダイバーシティです。もっと女性の管理職が、さらに言えば執行役員や取締役が増えていってほしいと思います。女性の中にも多様性があり、ワークライフバランスを重視したい人もいれば、バリバリ働きたい人もいます。どちらも主体的に選択できるような制度や評価方法の構築が課題だと思いますが、これまでの経験を活かし、まずは従業員の皆さんと対話を重ねていきたいと思っています。

幕田:私の監査役としてのミッションは、法律の専門知識を活かし、法令違反がないかをウォッチすることは当然ながら、さらに取締役会が必要なリスクテイクを行えるように支援していくことです。適切にリスクテイクをしなければ、チャレンジングな目標は達成できません。取締役会での判断に向けて過不足なく議論が行われたか、資料の信憑性を含めて十分な議論ができたかを監督することを通じて、目標達成を支援していきたいと思います。