「自律型生産システム」は、2000年に完成したダイセル式生産革新の知的統合生産システム が基盤になっています。化学製品を製造する化学プラントでは、装置に原料を仕込み、反応工程、抽出工程、蒸留工程、乾燥工程などの工程を経て製品が生み出されます。その多くの工程では、装置の中を直接に見ることができません。そこが、製造中の製品を直接に見て、状況判断ができる組立型や加工型の生産形態と、化学プラントのようなプロセス型の生産形態との大きな違いです。
このため、化学プラントでは生産設備内の各装置に設置された様々なセンサーで取得したデータを見ながら運転管理をしていきますが、品質を保ちながら生産設備を安定稼働させるためのノウハウは、プラントの運転を担うオペレータの頭の中に蓄積されていました。ダイセル式生産革新によって作られた知的統合生産システムは、熟練オペレータが培ってきた運転管理の暗黙知を形式知化し、適切なオペレーションの意思決定を誰もができるようにした仕組みです。
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材料を加工して部品を作り、その部品を組み合わせて、1つの製品を完成させる生産形態
自動車 / 家電 / 電気機器 / 精密機器 / 工作機械 -
化学反応などで物質の性質を変化させ、製品を製造する生産形態
石油精製 / 鉄鋼 / 化学 / エネルギー
ダイセル式生産革新は、安定運転を可能にし、重大な品質トラブルを減少させましたが、熟練オペレータから抽出したノウハウの全てを活用することはできませんでした。品質をよくするとコストアップを招くなど、品質とコストの判断はトレードオフになることが一般的です。両者の指標を最適に制御しようとすると、多くの要素を考慮しなければなりません。このため、なかなかシステム化して実装まではできていませんでした。これまでのノウハウをもとに、高品質を追求しながらさらなる省エネルギー、省資源、コストダウンを実現する最適な運転を目指すには、複雑かつ膨大な演算をタイムリーに処理する必要があったからです。2000年当時のコンピュータでは、その処理能力には限界がありました。
しかし、ダイセルには約20年以上蓄積されたデータがありました。 プラント運転のオペレーションを「安全・安定・品質・コスト」の切り口で体系的に整理する総合オペラビリティスタディ(総合OBS)によって、熟練オペレータのノウハウはすべて可視化され、その数はダイセル網干工場に関するものだけで840万件に及びました。
こうしてデータとして整理・蓄積してきた長年のノウハウを、最先端のAIで最大限に活用するという発想から生まれたのが「自律型生産システム」です。
モノづくりの現場で育った若手社員を中心とするチームが、東京大学と共同で独自のAIアプリケーションを開発し、2020年8月にダイセル式生産革新の知的統合生産システムを進化させた、「自律型生産システム」が完成しました。熟練オペレータから抽出した840万件にも及ぶノウハウをもとに、モノづくりにおける因果関係を可視化し、独自のAIで予測して最適解を算出するシステムです。
革新の必要性を確認するための【予備調査】、調査で判明した現場の負荷を軽減して生産基盤を強化する【基盤整備・安定化】、安定化した状態を普遍化する運転の【標準化】、標準化から後戻りさせないための【システム化】という4つの段階で進めます。
その中で第2段階【標準化】は、プラント運転における熟練オペレータのノウハウやスキルを顕在化し、誰もが実行できるようにする段階です。「安全・安定・品質・コスト」の切り口から製造品種や運転負荷の観点から、連関するプラント群の運転パターンごとにセンサー情報などの運転管理ポイントをまとめ、現場のオペレータが実行していた意思決定フローを抽出して顕在化します。その際に用いるのが、オペレーションを体系的に整理する総合オペラビリティスタディ(総合OBS)です。
また、第3段階【システム化】では標準化した運転方法を後戻りさせないために、知的統合生産システムを構築しました。これは、オペレータの意思決定を支援する仕組みです。「必要な時に、必要な人に、必要な情報がミエル仕組み」というコンセプトのもとに、これまでのノウハウを製造技術として標準化した仕組みです。
知的統合生産システムでは、監視ポイントの重要度を3段階に分けています。
安全や安定運転に関わる監視ポイントは「重要度Ⅰ」、品質やコストに関わる監視ポイントは「重要度Ⅱ」、最適運転に関わる監視ポイントは「重要度Ⅲ」とされています。
しかし、2000年当時のコンピュータ処理能力に準じて、システムからの支援の対象は「重要度Ⅰ」「重要度Ⅱ」の判断、操作までに留められていました。
「重要度Ⅲ」の監視ポイントである品質や原単位、量を最適化に導くための意思決定要素には、品質を追求すると時間を要して製造量が下がるなど、それぞれがトレードオフ関係があり、当時のコンピュータの演算処理能力では全てのノウハウをフル活用するには及んでいなかったためです。