HISTORY OF
CELLULOID

当社の祖業であるセルロイドとセルロイドから発展した現在の当社の事業・製品をご紹介します

HISTORY

セルロイドとは

セルロイドは、1800年代後半に発明され、アメリカのジョン・ウェスリー・ハイアット(1837-1920)によって実用化された、世界で最初の人工プラスチックです。

セルロイドの最初の用途はビリヤードボールでした。当時、ビリヤードボールの素材であった象牙が手に入りにくくなったことで、その代替素材の開発に懸賞金が設けられたことが背景にあります。

その後さまざまな日用品から装飾品、写真・映画フィルムなど幅広い用途で活用されました。

ジョン・ウェスリー・ハイアット

セルロイドの国産化

新しい素材が、日本の産業を動かし始めた

セルロイドはやがて日本にも伝わり、文具や日用品、装飾品など、身近な製品として広がっていきました。

当時としては画期的だったセルロイドは、「軽くて丈夫」「加工しやすい」「美しい」などの特性から、日本のモノづくりと非常に相性の良い素材でした。

この時代、日本でセルロイドを加工する会社がたくさん立ち上がりました。

創業時の日本セルロイド人造絹糸株式会社
創業時の堺セルロイド株式会社

当時、セルロイドの主要原料であった樟脳(しょうのう)は、台湾(当時は日本)から欧米へ輸出され、日本はセルロイドのシートを輸入していました。

その需要が増えてくると、日本国内で原料から一貫してセルロイドを作ろうと、三井家、三菱家、鈴木商店、岩井商店などの大資本が国産化に動き出し、1908年、堺セルロイド株式会社と日本セルロイド人造絹糸株式会社が設立されました。
欧米から導入した技術と日本人技術者たちの努力によって、大規模なセルロイドの国産化が始まりました。

1910年代には、セルロイド加工製品として、「くし」や「かんざし」などの日用品や装飾品、「キューピー人形」などの玩具も作られました。第一次世界大戦期には、セルロイドとセルロイド加工製品の輸出が急増し、日本のセルロイド産業は繁栄しました。

しかし、国内にセルロイドメーカーが乱立したことで過当競争や品質の低下、原料となる樟脳(しょうのう)を採取するクスノキの乱伐などを招きました。
この状況を憂慮したセルロイドメーカー8社が業界再編を図り、1919年に8社合同により誕生したのが、大日本セルロイド株式会社、今日の株式会社ダイセルです。

昭和初期のメガネフレーム作りの様子
大日本セルロイド株式会社初代社長 森田茂吉

セルロイドが切り開いた社会

人々の暮らしに溶け込んだセルロイド

セルロイド製品は、多様な加工技術により文具、日用品、雑貨など、さまざまな分野で活用されました。

色柄が美しく加工しやすいことから、象牙やべっ甲、サンゴなど高級素材の代替として「かんざし」「くし」などの装飾品に使われました。そして、生産量が増え、より多くの人に届くようになりました。

「洗面用具」「下敷き」などの日用品や文房具、「人形」や「お面」などの玩具にも用いられ、人々の暮らしの中に便利さや娯楽をもたらし、日常を支えるようになりました。

なかでもセルロイドフィルムの開発は、写真、映画、アニメといった映像産業の発展に大きく寄与しました。

セルロイドフィルムは1889年にアメリカで開発されました。セルロイドフィルムの国産化は産業の発展だけでなく、日本経済の発展に寄与することから、当社(当時は大日本セルロイド株式会社)は1920年頃から研究を開始しました。フィルム製造の技術開発を並行して、神奈川県の南足柄に、生産拠点となる工場建設にも着手しました。
そして、1933年に写真フィルム事業を分離し、「富士写真フイルム株式会社」(現富士フイルムホールディングス株式会社)を設立。高品質の写真フィルムや映画フィルムの生産を開始しました。

セルロイドシート加工の様子 1
セルロイドシート加工の様子 2

セルロイド産業の発展と衰退

時代とともに消えゆくセルロイド

加工しやすく、薄くて軽く、耐水性を有するセルロイドは、煌びやかな装飾品から日用品、文化・娯楽の分野に至るまで人々の生活に入り込み幅広く普及しました。精密な加工技術によって作られた日本のセルロイド製品は、素材の持つ美しさを最大限に引き出し、高級品として国内外に出荷されました。また、カラフルな人形や動物などのフィギュアは創造性を刺激する遊び道具として普及しました。1930年代には、日本のセルロイド産業は、量・質ともに世界一になるまでに発展しました。

かつては「夢の素材」と呼ばれ、庶民の生活にも浸透したセルロイドですが、「燃えやすい」という弱点がありました。

石油化学工業の発展による新しいプラスチックの開発と改良とともに、「燃えやすい」性質への懸念や労働集約型の生産コストダウンの限界もあり、市場から静かに姿を消していきました。

現在では、セルロイドならではの発色の美しさや独特な風合いや感触への根強い人気から、「万年筆」や「メガネフレーム」など特定の用途で使われています。

セルロイドから始まったイノベーション

変わりゆく時代、素材も進化する

非常に優れたプラスチックとして重宝されたセルロイドには「燃えやすい」という欠点があり、火災の原因になるなど、その不燃化は大きな課題でした。そして、不燃化を目指した研究により、原料である硝酸セルロース(ニトロセルロース)を酢酸セルロースに置き換えたアセテートプラスチックが開発されました。

当社は1929年に酢酸セルロースを原料としたアセテートプラスチック(アセチ®)を開発、生産を開始しました。
その後、酢酸セルロースを原料から一貫生産するため、カーバイドを出発点とした酢酸の生産を開始。酢酸を原料とする誘導体を事業化し、当社の有機合成事業が広がっていきました。

酢酸セルロースは生分解性を有する素材です。当社は生分解性をさらに高めたグレード「CAFBLO®」や「BELLOCEA®」などを開発して、海洋におけるプラスチックごみ問題の解決策のひとつとして市場に提案し、注目を集めています。

セルロイドから生まれた製品・技術 「燃えにくくする」ための研究開発から発展した技術(セルロースの加工技術:セルロイドの原料であるセルロースを加工して、セルロース製品を発展させてきました。 有機合成の技術:燃えやすい硝酸セルロースからできるセルロイドの不燃化に取り組み、酢酸セルロースを開発しました。酢酸から一貫生産するようになり、酢酸を原料に様々な有機合成品を生み出しました。 プラスチックへの展開:世界最初のプラスチックであるセルロイドから、高機能化を目指して発展し、様々なエンジニアリングプラスチックを展開しています。)「燃えやすさ」にスポットをあてた技術(火薬の技術:セルロイドの燃えやすい特性を生かし、火薬の技術を発展させ、コンマ数秒の世界でガスの発生、出力をコントロールする技術が生まれました。)

一方で、セルロイドの原料である硝酸セルロース(ニトロセルロース)は火薬の原料にも用いられることから、当社では創業期から火薬類を生産していました。そして、その「燃えやすい」特性を活かして開発した、化学反応で瞬時にガスを発生させ、圧力をコントロールする技術は、自動車のエアバッグを膨らませるインフレーターの製品化に繋がり、今では世界中の自動車で搭乗する人々に安全・安心を届けています。

液晶保護フィルムの原料:酢酸セルロース(TAC) 反射防止用フィルム:機能性フィルム 微細コネクター:液晶ポリマー(LCP) 半導体の製造工程で:レジストポリマー/高沸点溶剤 医薬品の原料:酢酸誘導体 お菓子の袋:包装フィルム 医薬品の研究開発や製造工程で:キラルカラム
自動車用塗料の原料、内装材(ウレタン)の原料:カプロラクトン誘導体 エアバッグ用インフレータ:エアバッグを膨らませるガス発生装置 エンジンまわり、電装系などのプラスチック部品:ポリアセタール(POM)など
歯磨き粉の増粘剤:カルボキシメチルセルロース 化粧品原料(保湿成分):1,3-ブチレングリコール ハンドソープの原料:ポリグリセリン誘導体 メガネフレーム:酢酸セルロース

アメリカ帰りのセルロイド人形

1915年に開催されたサンフランシスコ万国博覧会の日本パビリオンに出展されたセルロイド人形たち。サンフランシスコ州立大学の文化人類学博物館に勤務されていた山本慈子さんが現地で発見し、「人形たちを日本に帰してやりたい」という山本さんの遺言により当社に寄贈され、100年ぶりに日本に帰ってきました。
そして、2025年大阪・関西万博でシグネチャーパビリオン「Dialogue Theater -いのちのあかし-」の展示イベント「ダイセルウィーク 記憶の継承」で再び展示されました。

これらの人形たちは「ダイセル異人館」に展示しております。

MOVIE

創業物語:アメリカ帰りのセルロイド人形
創業物語:アメリカ帰りのセルロイド人形

ダイセル異人館

ダイセル異人館紹介動画
ダイセル異人館紹介動画