1960年~

大竹工場プラント(第1期)
大竹工場プラント(第1期)
石油化学工業の台頭に対応して、石油化学コンビナートに参加、1961年 (昭和36年)に大日本化成株式会社(現 大竹工場)を創設しました。また、技術革新に対処すべく埼玉県入間郡に中央研究所を設立しました。さらに、1968年(昭和43年)に新井工場のカーバイド、アセチレン、アルデヒドを停止し、有機合成品の原料を石油化学系に転換しました。その後、新井工場はアセチレン系有機合成からファインケミカルへと転換をはかりました。

石油化学の台頭は、新しいプラスチックの高度成長でもありました。堺工場にてAS樹脂・ABS樹脂を開発、工業化。1964年(昭和39年)には、ポリプラスチックス株式会社を設立し、ポリアセタール樹脂の製造に着手しました。また、神崎工場に於いては、高級防湿セロファンから石油化学の進展に伴った包装フィルム事業の展開を図るため、PPフィルムの企業化に着手しました。

網干工場では、セルロースとモノクロル酢酸を原料とするCMCの企業化と酢酸ビニルポリマー事業の開始。網干化工工場河内分工場は、河内工場に昇格、特機関連事業の開発に着手し、体質強化に取り組みました。

なお、合成高分子系プラスチックの台頭により、セルロイドは暫減の傾向をたどり、1969年(昭和44年)に、東京工場を閉鎖、これにより東京工場はセルロイド事業50年の幕を降ろしました。以降セルロイドは、網干工場で集中的に生産することになりました。
その頃の社会
世界初の有人宇宙船(1961年)
4月12日、ソ連のユーリン・ガガーリン少佐を乗せた「ウォストーク1号」は、1時間48分で地球一周に成功。人類として初めて大気圏外から地球を見た。
東京オリンピック開催(1964年)
10月10日~10月24日
アジア初のオリンピックとなった東京大会の参加国は大会史上最多の94ヵ国、参加選手・役員は7,495人を数えた。この大会で始めて通信衛星を利用したテレビ実況が行われた。
人類初の月面着陸(1969年)
7月21日、米国アポロ宇宙船が人類初の月面着陸に成功した。